マチノコト

2016.7.13

「くらすように過ごす」湯治場を引き継いで(鹿角市編)ーー「秋田」という暮らしの選択肢

「なぜ、今、この場所で暮らしているのか」

その問いに向き合ってみると、「仕事があるから」「家族がいるから」などの理由が出やすいかもしれません。では、もしも「仕事の目処が立った」「家族のOKをもらえた」とき、どこで暮らしましょう?

「どこで」を考えるときに、自分(と家族)がどんな暮らしができるといいのか、という疑問も同時に浮かび上がってきます。そうした意味において、「移住」は自分たちの暮らしを見つめ直すための素材的なワードであり、暮らしをつくるための手段であるともいえます。

秋田という暮らしの選択肢」特集では、秋田でなくとも、移住しなくとも、これまでの暮らしを振り返り、これからの暮らしの選択肢について考え、動き出すための燃料的記事としてご覧いただければと思います。

Aターン」「北秋田編」に引き続いて、鹿角編をお送りしています。これまでに、田渕博之さん(Iターン・りんご農家)とた黒澤正幸さん(Uターン・スポーツトレーナー)のお話を聞きました。鹿角市がどんな地域なのか、また田渕さんについてはこちら、黒澤さんについてはこちらをどうぞ。

最後となる鹿角編では、Uターンされた阿部湖十恵さん(湯治宿運営)をご紹介します。

外での7年間が、家業への見方を変えた

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阿部さんは、鹿角市八幡平出身。高校卒業とともに関東へ。7年間さまざまな飲食・サービス業に従事したのち、2013年6月にUターンしました。現在は、家業である湯治宿「銭川温泉」を母と祖母の家族三代で切り盛りしています。

家業を継ぐことを頭に入れながら地元を出たと阿部さんは話します。とはいえ、それは決して前向きな気持ちでなく、当時は「湯治場にいい印象を持ってなかった」そう。しかし、一度外に出たことで湯治文化のよさに気づいたとのこと。

「U ターンする少し前に、地方を旅する機会がありました。そこでは、首都圏の生活では感じなかった、その土地にあるものを活かしながら温かみのある暮らしや仕事をしている人たちとの出会いがあり、それがきっかけとなり家業を見つめ直すきっかけになりました」

療養、くつろぐ場としての「湯治」

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さて、湯治(とうじ)という言葉に馴染みのない人も多いかもしれません。湯治とは、読んで字の如く“湯で治す”こと。長期滞在しながら、温泉療養をすることを指します。現在は働き方の変化で少なくなってきたが、農作業を終えて体を休めるために湯治 をする習慣もあったそうで、療養のみならず「温泉に入りながらゆっくりする場」としても親しまれてきました。

湯治宿では自炊できる宿が多く、銭川温泉も自炊が基本となっています。希望によっては、自炊と組み合わせて利用できる体に優しい食事の提供もします。地熱や温泉の豊富な八幡平はオンドル付きの湯治宿が多く、入浴に加え体を温 めるオンドルでの湯治療養にも特徴がうかがえます

外の目が失われることへの危機感

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インテリアは、母や祖母と相談し3人でコーディネートしながら、和みある空間づくりを進めている(提供:銭川温泉)

家業の湯治場だけでなく、一度外に出たからこその気づき、見え方の変化があったと阿部さんは話してくれます。

「私が学生の頃は、地元に関心を持って巡ったりすることも少なく家と学校の往 復が殆どでした。けれども、U ターンしてから見る景色は新鮮でした。よく鹿角は自然が豊かだと口では言うのですが、その自然の豊かさも実際はあまりよくわかっていなかったことに気づくことができました。知ることで仕事に活かせることもありますし、まだまだ知らないことも多く、知る機会は意識して作っていきたいと感じています。」

そういった変化を感じたとはいえ、その新鮮な目線で地元を眺められたのはUターン後の1、2年目まで。3年目にもなると「新鮮な見方を失いそう」という危惧が生まれます。そのため、定期的に研修がてら他県の宿に行き、“外の目”の充電をし、客観的に地元を見ることに忘れないようにしてるとのこと。

銭川温泉には、全国各地からやってくるお客さんもいるため、さまざまな人の話を聞けることも、外の目を保つ助けにもなっています。かつては湯治場は社交場であった過去に触れつつ、そうしたコミュニケーションが楽しいと阿部さんは話します。

「(銭川温泉が)地元の人と旅の人の接点となる場所になるといいです。互いに知らないことも多いから、話できることもありますしね」

生まれ育ってきた湯治場。そして戻ってきて新鮮に感じた湯治場。3年かけて常連さんを通してみえた湯治場。Uターン後3年経ちますが、その見え方の変化も楽しみながらも、「どのようにして、我が家らしさを出しながら、残して、新しい世代に知ってもらえるかを考えながら今はやっている」とのこと。

自分たちがまず楽しめる、若者が集まる場づくりを

阿部さんは、仕事以外でも関わっている活動があります。それは、地元の同級生たちと一緒に立ち上げた「かづの若者会議」です。

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(「かづの若者会議」サイトより)

鹿角市には大学がないため、高校卒業のタイミングで外に出る人は多いとのこと。若者同士の新たな出会いの機会が少ないと感じていたことが、「かづの若者会議」の立ち上げの理由だったそう。

かづの若者会議を「若者同士が交流でき、職場や同級生同士以外の新しい場」に育てながら、鹿角を捉え直し、今後の新たな活動やそれぞれの仕事、暮らしにも還元できるような活動にしたいと阿部さんは考えています。

「同級生を中心に同世代と立ち上げましたが、私たちより若い世代にも参加してもらえたら嬉しいです。去年は、市内の集落との世代間交流や文化財の清掃・朝市めぐりなど、地域と関 わる活動を行ってきました。私自身もまだまだ知らないことばかりで、どれも新鮮で楽しかったです。

いまは『方言かるた』を作成しています。一日でも早く、地元の人たちに遊んでいただける日を楽しみにしています」

どんな立場の人たちが、その地域における場を構成し、その場を動かしていくのか。地域内に大学がない等の理由で「若い力が少ない」のは鹿角に限らない話かもしれません。

互いに洗練し合いながら、地域の暮らしを引き継ぐ

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銭川温泉では、定期的にイベントも開催しています。湯治本来の「くらすように過ごす」風景をテーマに、暮らしの楽しみの一つになるようなコーヒーの淹れ方や籠編みなどのワークショップ、音楽ライブ、食事会などをこれまでに行ってきました。 地元の方やお客さんとのご縁から生まれた企画もあるようで「同世代の友人や、地元の人に場所を知ってもらうきっかけにもなった」ようです。

「 湯治部屋で地元のおばあちゃんたちが日帰りでおしゃべりしながら休むように、 若い働く世代も息抜きに、湯治部屋を利用してくれるようになったのは嬉しい。イベントばかりに偏るのは良くないですが、今後は湯治を目的に来た人にも役立ちながら、健康にも関わるような企画を作りつつ、日常的なお客さんが過ごしていただける部分をより大切にしていきたいです。

八幡平にはたくさん素晴らしい湯治場があります。家族で小さく営む 宿だからこそできるスタイルもあると思うので、我が家らしく楽しみな がらお客さんにゆっくりしていただければと」

一人でやるよりも、みんなでやれるほうがいい。自分以外にも地元の人が地元の魅力に気づき、伝えることが大切だと思う反面、実際にはそう簡単にいかないこともあります。

「もう少し外の人にも手を借りながら、その技術やノウハウをもとに互いに洗練しながらできればいいこともあると思います。鹿角には、鉱山もあった歴史から他の地域にないような場所があるのに、活きていない、活かしきれてない部分があります。それをもう少し補うことができれば、鹿角ならではの地域の魅力が出てくると思います」

地域の魅力として、阿部さんが特に関心を持っているのは「食」です。

「その土地で採れたものを、その場で処理して食べるのが旬の味わい方。土地に寄り添った暮らしの仕方は大事にしていきたいです。身体をつくるのは食べ物なので、おばあちゃんたちに習いながら、食べることの大切さ、地元の食材の大切さを伝えていければ」

Uターンしてから4年目がはじまる阿部さん。良い部分や魅力を見つけて生かそうという気持ちの反面、同じ場所にいると、 だんだんそうした視点がなくなっていくことの実感も。「生まれ育った場所だからこそしがらみに感じてしまう部分もある。自分のやるべきことやお客さんのニーズをもとに、来て下さった方々に八幡平や鹿角を楽しんでもらえるように頑張っていきたい」。

それらを踏まえて、工夫していきながら鹿角や銭川温泉、そして個人としての想いをかたちにしていく。「自分の気持ちを保つことも仕事」の言葉が響きます。

地域資源を生かし活かすため、過去を掘り起こす

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お米作りに使われる農具「型付け機(六角)」や冬場に農作業で使っていた「蓑」など建物内には、地域ならではの古道具がいたるところに飾られている

既存の地域資源をどのように活かしていくのか。その土地出身の人が、その土地の魅力に気づくことの強みはあります。「銭川温泉」という場所自体も、昔の暮らしを体験できるメディアそのもの。目を凝らせば、ところせましと民具が飾られており、まるで博物館にいるような感覚にも。

田舎では、ショッピングモールや他地域での成功事例のように、新しいものを求めがちになるなか、過去から先祖代々の地元の人が築き上げてきたものを掘り起こし、継承しよう、という気持ちがなければ“地域ならでは”は生まれにくいでしょう。

そのなかで、地域に根ざそうとすればするほど、一度外へと出た自分のなかにある外の目がだんだん閉ざされてくることもあります。だからこそ、どのように外の人を引き寄せ、巻き込めるのかという地域のシカケが必要に。そこでの交流を通して、外の視点と技術を借りることの意味は大きいです。

「ないものねだり」と「足るを知る」のバランスが地域プレーヤーとしては求められます。土(地域に根ざす人)と風(外から訪れる人)がいれば、土の立場で風をどのように取り入れていくのか。どの地域にも共通するような課題について、阿部さんの姿から私たちは考えることができるのではないでしょうか。

行ってみる、という選択肢

鹿角編でご紹介した三人については、こちらの映像でも知ることができます。もし鹿角という地域と、この地で暮らす人が気になった方は、ぜひ現地に足を運んでみてください。インターネットが普及した現代だからこそ余計に、百聞は一見に如かず、です。もし移住を検討されているなら冬の時期に行ってみると、より地域性や暮らしのイメージを掴みやすいですよ。

大見謝将伍

大見謝 将伍

プランナー。 1988年生まれ。伊平屋島(沖縄)出身。東京-沖縄の2拠点で、カクテル - 場 − メディアづくりを軸とした、つたえる-つなぐ-まぜるための活動を「coqktail」でやってます。 「おきなわ移住計画」代表 -「水上家」管理人 - 「京都移住計画」広報、「焦点街」編集長など。自由研究テーマは、移住 - 民間伝承 - はたらき方 - 商店街です。

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