マチノコト

2016.5.20

僕たちの仕事は、お店を通じて「幸せな時間を提供すること」。松華堂菓子店・千葉伸一さんが語る魅力的な地域のつくりかた

「地域には素敵な人や素敵な資源がたくさんあるのに、その良さを価値づけして広めていくことが上手くいっていない」

どのようにして地域のよさを価値付けしていくかに関しては、あらゆる地域が課題として抱えており、日々頭を悩ませています。

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宮城県松島町で、カフェ「le Roman ロマン」とカステラを主力とした菓子店「松華堂菓子店」そしておせんべいと和雑貨の「松島雪竹屋」という3つのお店を営む千葉伸一さんは、「地元の人にとって松島をもっと身近に」をモットーに、地域そのものが持つ魅力を最大限に生かした店舗形態を展開しています。

観光地らしい土産店が並ぶ松島で、千葉さんのお店はひときわ洗練された雰囲気をかもし出しています。積極的にメディアに出ない姿勢をとりながらも、評判は口コミで広がり続けており、他県からの観光客はもちろん、仙台からわざわざ足を運ぶ人も増えているそう。

また、2011年からは700年続く松島の瑞巌寺の祈祷行事である大施餓鬼会(おせがきえ)や、鎮魂の灯篭流しにもう一度スポットを当て直したお祭り「松島流灯会海の盆」を提案、企画。「本当に大事なものは何か」を考えた、松島にしかない風景と、そしてそこに住む人々の笑顔を大切にしたお祭りとなりました。

 

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千葉さんをゲストに迎えた、宮城県仙台市のリノベーションスタジオ「e-consept」にて「まちなか空き家ラボ@仙台」が2月末に開催されました。社会的マイノリティに焦点をあてた、人の可能性が広がる瞬間を捉える活動《soar》代表・編集長であり、イベント主催者の工藤瑞穂さんは、開催にあたる経緯を次のように話します。

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工藤さん:空き家ラボは、昨年の11月に第1回を開催しました。元々は、持ち主と活用する人のハッピーな関係性をテーマにしたトークイベントですが、地域ブランディングの部分を知りたいという参加者の要望があったのを受けて、プログラム作りをしました。

千葉さんは、お店の経営を通じて人々を魅了するようなコンセプトを次々と打ち出し、観光地の松島という枠にとらわれない新たな価値を生み出してきました。千葉さんの話を通して、地域の個性や魅力をどのようにすれば効果的に発信できるか考えるいいきっかけになればと思います。

まちなか空き家ラボの開催を提案したのは、宮城県と山形県に拠点を置き司法書士として活躍する時田悠紀さんです。時田さんは、宮城県蔵王町にある倉庫をリノベーションしたモデルルーム「1173BASE」の運営など、全国的に急増する空き家の問題を解決するための活動をしています。

時田さん:家の持ち主が高齢になってしまうなど、空き家には空き家になってしまう理由が必ずあります。活用する側のエゴではなく、持ち主だった人の家に対する思いを尊重しなければならない、と僕は考えています。どんなプロセスで空き家活用を進めていくかが今後は求められるのではないでしょうか。

自分の生まれ育ったまちが好きになるまで

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千葉さんは宮城県松島町で、松華堂という観光客向けのお店を手掛ける両親のもとに生まれました。松華堂は1900年頃の創業。粉や砂糖の卸業から飲食店、カフェ、土産店など時代の流れに合わせて店舗の形態を変え、100年以上にわたり営業を続けてきました。千葉さんは、大学卒業後すぐ松華堂に入社します。

千葉さん:入社したころ、松島ってつまらない街だなと思っていたんです。田舎だし、地元の人が行く店も少ないし。松華堂を継いだのも、使命感や義務感で動いていた部分がありました。ですからチャンスさえあれば、都会に出て、刺激のある環境に身を置きたいという思いがあったんですよ。

ただ、バブル崩壊のあおりで店の経営は火の車だったので、ある程度立て直してから動くことにしました。この立て直し経験が、今後僕の価値観を形成していくようになります。

数年後、千葉さんは知人の紹介で東京のベンチャー企業に就職。サラリーマン生活を経て、松島に対し愛着が湧いていったと千葉さんは言います。

千葉さん:「離れてみるとふるさとの良さが分かるようになる」といいますが、僕自身も例外でなく、上京して松島の魅力を再認識することができました。

また周囲の人によく言われた「松島は綺麗な町だけど、その魅力を上手く発信できていないよね」というのが心にひっかかるようになりました。

松島には、週末になると多くの観光客が訪れます。しかし一方で、観光地としての松島は表面的なものでしかありません。人の暖かさとか景観の美しさとか、本当の意味での松島の魅力にスポットが当たっていないことが僕には悔しかった。

というのも、観光地としてよりも、なにげない日常が楽しい場として松島を知ってもらいたい、という思いが僕にはあったから。そのためにまずは、地元の人に地域の魅力を知ってもらおうと思いました。観光地としての松島ではなく、私たちの住む松島をどうしていくかについてみんなが考えられるようになれば…。

日常が楽しくなるようなまちを作るべく、地元の人々が動いていく。行動を続けるうちに外からも内からも人が集まってくる…。素敵な循環を生み出すべく千葉さんは行動し始めます。そして千葉さんが後に「カフェロワン」として開業する店舗物件と出会います。

「観光地」から「日常生活」としての場への原点回帰

高度経済成長期からバブルの時代にかけて松島では、観光産業の誘致が盛んに行われました。松島を一望できる高台の場所にあるロワンも、元々は団体観光客が立ち寄るドライブインのようなものだったそうです。

しかし、バブル崩壊や団体旅行も減ったことでダメになり、その後いくつかのテナントが入居し、立て直しを図ったものの、上手くいかなかったようです。いつしか廃墟同然になっていました。

千葉さん:この場所は僕が子どもの頃から大好きな場所でした。そのような場所が廃墟になっていたことにさびしさを感じたんです。土地の特徴や、建物が持つ魅力はそのままで、リノベーションしてカフェにすることにしました。

 

 

ロワンをやっていく上で千葉さんが気を付けたのは、松島のお店の多くで打ち出されていた観光に頼らないこと。店舗のレイアウトも観光地特有の派手さを排除し、松島湾を一望できる小高い丘の上というロケーションに溶け込むような雰囲気にしました。

ロワンの経営と並行して、松華堂においても松島のすっぴんの魅力を発信するべく、店舗のリニューアルを進めました。そして2010年8月、懐かしい味わいのカステラを主力とした菓子店「松華堂菓子店」をオープンさせました。

僕たちの仕事は「幸せな時間を提供すること」

JR松島海岸駅から歩いて約5分のところに松華堂菓子店はあります。土産屋やお食事処が立ち並ぶ海岸沿いのメインストリートの一角、白と黒を基調としたレトロモダンな雰囲気のお店は、1階部分が販売、2階が店頭の商品を味わえるカフェスペースとなっています。

千葉さん:ありとあらゆるモノが出尽した現代では、魅力的なものとそうでないものに大きな差はありません。 何が違うかといえば、やはりそのモノに体験が込められているかでしょうね。

質を担保した上で提供する体験は、いいものでないとならないと千葉さんは考えています。松華堂で特徴的なのは自社ホームページを持たず、通信販売もFAXのみで受け付けているという点。積極的にメディアに出ない姿勢を取りながらも、松華堂の評判はどんどん広がっていきました。

千葉さん:地元の方を中心に、少しずつ松華堂の支持が広がって行きました。広告をほとんど打たず、TVの取材はお断りしていたにもかかわらず、インターネットなどを介して口コミが広がっていき、東京の有名百貨店の催事や駅ビルへの出店につながっていきます。

「地元の人にとっての大切な場所にしたい」。カフェロワン設立からの流れを汲んだ千葉さんの思いが、随所に活きています。

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千葉さん:僕達の仕事は、松華堂という空間全体を通じて、幸せな時間をお客さんに提供することなんです。

良い時間を過ごしたいと思っているお客さんに対し「素敵な時間だったな」と思ってもらえるような空間を提供する。松華堂のカステラからは、千葉さんの心意気がひしひしと伝わってきます。

千葉さん:松華堂のカステラは一本のまま販売されています。「適度なサイズに切った状態でカステラを提供して欲しい」とお客さんから要望をいただくことがあります。確かにカットされていた商品のほうが便利です。それでも僕は、そのままの形で提供したかったんです。

理由は、家族や友人、大切な人とカステラを囲みながら、会話して欲しいという思いがあったからです。たとえば、カステラを切り分けるときの「どれくらいたべる?お父さんはこれくらいかな」といった親子間のやりとり。食べる時間を共有することで、コミュニケーションが生まれ、人と人とのつながりも深くなるのではと考えています。

店舗の設計においても、千葉さんの思いが存分に生かされています。

千葉さん:店の外観やレイアウトも、空間を作り上げるための大切な要素。松華堂という空間の魅力が最大限に引き出せるよう、余計な装飾を控えたデザインにしました。

地方全体の共通した課題として、景観や素晴らしい商品があるのに、上手く外に向けて発信したり、生かしたりできないということが挙げられます。千葉さんは、人とのつながりやデザインの面から人が集まる場を作り、全国各地からお客さんを集めるようになりました。

千葉さん:お店をやっていくには、商品の材料となるものを生産する農家さんと、商品を手に取ってくれるお客さんの存在が不可欠です。彼らを単なる生産者と消費者としてではなく、一つのコミュニティーを一緒に作っていく仲間として見ていこうという一貫した思いがロワンにも松華堂にも流れていて。そこには、デザインがあり音楽があるんです。

「捨てる」ことで本当に価値のあるものと出会える

2つのお店の経営がようやく軌道に乗りはじめた2011年3月、東日本大震災が起こります。

周辺の地域に比べ、津波による被害が少なかった松島町ですが、海岸に近い松華堂菓子店は浸水被害にあい、高台にあるカフェロワンは地震により建物が全壊と判定されました。

千葉さん:結構長いことお店の経営に携わっていたので、被害状況を見てすぐに察知しました。「立て直したとしても、このままお店を続けていくのはほぼ不可能だろう」と。「もう店を畳もう」と本気で考えた時期もありましたが、地元有志に助けていただいたおかげで、2011年4月23日に松華堂の営業を再開することができました。

松島への観光客はゴールデンウィークを境に戻ってきましたが、それでも震災前の半分以下。また、ロワンは建物の損傷が激しく、再開の見通しがつかない状態でした。逆境に置かれても、千葉さん独自の哲学が変わることはありませんでした。

千葉さん:お店を立て直すために、流行を取り入れるのは、一時的なカンフル剤になるかもしれません。しかし長期的な継続という面から見れば、避けるべきだと思います。

流行はいつかすたれていくもの。一時的なブームを巻き起こしたとしても、あっという間に飽きられ、商品として短命に終わってしまう。一般的に「よし」とされる可能性を捨てていくことで、本当に価値のあるものに出会えていくのではないか。千葉さんは力を込めて話します。

千葉さん:地域全体を盛り上げていく上でも、同じことが言えると思います。大都市の成功事例をうらやみ、真似しているだけでは、いつまでも地域は本当の意味でよくなっていきません。まずは、その地域ならではの良さは何なのかに立ち返り、自分なりに解釈していくのが大切じゃないかなと思います。

「BIG」になるより「GOOD」になろう。お金より大切なことがある

「BIG」になるより「GOOD」になろう。千葉さんが大切にしている言葉です。人種や性別、肩書を判断基準に生きるのではなく、「自分の能力を活かしたい」とか「自分らしく生きたい」といった自分軸の視点を持ったほうが、毎日をより豊かに過ごせるよね、という意味が込められているそう。

千葉さん:何かをやるときは「何のためにやるのか」と自分自身に、問いを投げかけるといいと思います。理由自体は立派なものなんかじゃなくてもいい。自分自身のものさしで考え、決断したかが重要です。その上で、自分の得意なことや好きなことを突き詰めていけば、人を喜ばせ、結果的に社会全体を良くすることにつながるんですよ。

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長い間閉鎖していたロワンは2015年10月、屋号を「le Roman ロマン」と改め、約4年7か月ぶりに営業再開することができました。まだまだ経営は立て直し半ばで、道のりも平坦なものではありませんが、千葉さんはしっかりと前を見据えています。

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千葉さん:自分自身、若いころは「誰かに認められたい」、「尊敬されたい」といった欲求ばかりがありました。しかし紆余曲折を経て、他との比較をやめ、コンプレックスから解放されていくようになるんです。どっちが上とか下とか比べなくてもいい。一人一人が、よりよい環境を自分の手で作っていくことで、多様な価値観が共存できる魅力的な地域ができあがるのだと思います。

千葉さんのトーク終了後は、ご飯を食べながらの交流会タイム!

前回に引き続き、仙台を中心にケータリングを行う「えみっくす食堂」による地元食材をふんだんに使用した料理が振る舞われました。

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主食のてまりずしには、仙台名物のせりと三陸産のわかめがトッピングされており香り深い味わいに。人参とハーブのケークサレと松島トマトのピンチョスには、まちなか空き家ラボの可愛らしいロゴがあしらわれた旗がついています。他の料理にも、蔵王産ハーブやふきのとうなどが加えられており、春の到来を予感させるような具材が、さらなる食欲を誘います。みなさん美味しそうにペロリと平らげていました。

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イベントの感想をシェアしあったり、互いが普段にしている活動について話したり。緩やかに人と人とが繋がる、ゆったりとしたひとときを送ることができました。

他者の評価に惑わされるのではなく、自分のものさしに由来した地域の「素敵」を見出していく。小さくてもそうしたアクションをとる手立ては、身近にたくさん転がっていると思います。

今住んでいるまちをよりよくしていくために、新しい一歩を今日から踏み出してみませんか?

 

(写真・板橋充)

鈴木里緒

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1993年宮城県出身。現在は、仙台市に拠点を置きながら、山形の大学で学んでいます。大学では商店街の活性化をはじめとするまちづくりについて学んでいます。働き方や地域からの情報発信について関心があります。

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